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妻木晩田遺跡

今日の担当:お父さん

土曜日、朝4時20分に起床。電車とリムジンバスを乗り継いで、羽田空港へ。

7時に羽田空港を離陸するや否や熟睡状態に。ふと気がつくと、米子鬼太郎空港へ着陸する直前だった。ふぅ。

あれやこれや用件を終えた15時半過ぎ、妻木晩田(むきばんだ)遺跡を訪れた。ここに来るのは、今回が初めて。

以下、妻木晩田遺跡について。(鳥取県公式HPからの抜粋)
中国地方の最高峰・大山の麓に甦った弥生時代の国邑、それが妻木晩田遺跡です。
遺跡のひろがりは鳥取県米子市・西伯郡大山町にまたがる晩田山丘陵全域におよび、弥生時代に大山山麓に存在したであろうクニの中心的な大集落であったと考えられます。
現在、全体のおよそ1/10が発掘調査されています。その結果、弥生時代中期末(西暦1世紀前半)~古墳時代前期(3世紀前半)にかけての、竪穴住居跡420棟以上、掘立柱建物跡500棟以上、山陰地方特有の形をした四隅突出型墳丘墓などの墳墓34基や、環壕など、山陰地方の弥生時代像に見直しをせまる貴重な資料がたくさん発見されました。 (後略)


最初に、2010年4月に開館した施設、「弥生館 むきばんだ」に入った。

DSC02340S.jpg

実物大の竪穴式住居、当時の人々が使っていた道具、動物の剥製、等などが展示されている。弥生の人々の暮らしを身近に感じさせる趣向がいい。壺型の土器等、ここで出土した品々も並べられている。

妻木晩田のムラが、年代と共に変わっていく様子がパネルで紹介されていた。集落自体が、何らかの生命体のように、自発的に変化しているようにも見える。

展示施設を出て、弥生式住居が復元されている場所へ向かった。

DSC02343S.jpg

様々な形の住居が復元されている。

その数の多さに、とても驚いた。まさしく「集落」。弥生の人々が目の前に現れてもおかしくない。

小高い丘の上に、「遺構展示館」という名前の施設があった。竪穴住居跡そのものが、建物の中に入っている。なかなか優れた展示方法だと思う。施設のすぐ脇には、愉快な手洗い場!

20121216x01

DSC02360S_20121217181611.jpg

弥生館方面に一旦戻り、更に進んで、墳墓が並ぶ場所へ向かった。墳墓と居住地区が別の場所に設けられているのも興味深い。

四角形の隅を伸ばしたような形の墳墓は、「四隅突出型墳丘墓」と呼ぶのだという。

「むきばんだ」のトレードマークのユニークな形は、この墳墓をデザインしたものだった!

DSC02361S.jpg

DSC02370S.jpg

西暦1世紀前半から2世紀末にかけて、この場所で、人々が暮らしていたことを想う。

丘陵から見る米子の風景は、今とは随分違うのだろう。日本海の上空を鳥が飛び、大山の麓を猪が駆回る。ここで農耕を営み、獲物を追った弥生の人々。

今日の我々は、彼ら彼女らが格闘した日々の延長戦上にある。大いに感謝しなくては、と思う。

晴れた日に再訪したい。又、行くけんね!   ■

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genre : 日記

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Lafie & Papa

Author:Lafie & Papa
トイプードルのLafieの趣味は、くう・ねる・あそぶ。人間のお父さんの趣味は、ランニング、美術・音楽鑑賞、読書、ワイン・芋焼酎・その他飲食など。まあ、似たようなものです。
訪問頂き、有難うございます。

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